毎日様々に移りゆく心。少しづつ、日記にしたためていこうと思います。 これからの日々、私と一緒にいかがですか?



   
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なお

Author:なお
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セピア色の故郷⑧

   
20060820182437.jpg

私の育った家の前には川が流れていました。
お盆になると、その土手に上がり、迎え火を焚きにいきます。
(海側に面している家は、浜辺で行います。)
その役目は祖母なので、私はチョロチョロと祖母のお供となって付いていきます。
盆の入りの夕方、火を灯して、祖母に習って手を合わせ 何やらゴチョゴチョ呟いて、ご先祖様をお迎えしました。

実父の弟である養父が「本家」を継いでいるので、何かあると大勢の兄弟や親類が集まって来ます。
必ずやってくるのは高知市内に住んでいた父の妹一家。一人っ子の息子を連れて、ヒョロヒョロとした夫を従えて堂々とした風格の叔母が来ると、大きな家も妙に狭苦しくなったのを覚えています。

昔は盆踊りは三日連ちゃんで踊っていたものですが、最近では15日のみになっています。過疎化が進み、踊り手も少なくなったし、帰省の見物客も集まりが悪い。というのが理由だそうです。
踊り手だけではありません。お世話をする「婦人会」「消防団」も高齢化が進んでいるのです。
私の結婚前は「青年団」があり、盆踊りの準備は「青年団」と相場が決まっていました。その青年も今は少なくなっているのです。

盆踊りの一週間程前から、小さな子供達を集めて盆踊りの練習をするのは「青年団」の役目でした。練習と言っても毎年、同じ踊りが主なので音楽がかかると、教える手間もなくなるんですけどね。
ただ、数年に一度は新しい踊りをするので、その時ばかりは小さな子供も真剣に習っていました。

盆踊りの会場は、昔 松林があった所。(もっと昔は小さな港の広場でした)今は駐車場になっていますが、この日は全ての車が移動され、櫓が組まれます。
日暮れて、そろそろ明かりが欲しい頃、踊りの曲が流され「そろそろだよぉ」の合図になります。
シートや折りたたみ椅子を持ち出して、待ちかねていたお年寄り達が真っ先に集まります。

盆踊りは、子供達が最初に踊り、青年団はその中に二、三人程が入り、踊りながら子供達のお世話をしていました。
泣く子はいるし、座り込む子もいるし、やたらと駆け回る子もいる。そんな子達を適当にあやしながら暑い一夜を過ごしていました。
子供達の出番が終わると、必ずご褒美です。
「アイスキャンディ」が配られ、この時になると子供の数が増えるのは何故?大判振る舞い、太っ腹で青年団は配ります。

少し休憩して、大人の部。
綺麗な浴衣を着て、楚々と踊る娘(モチロン、この中に私も含まれていました!)若奥様、少々年季の入ったおば様方。ひょうきんな踊りで楽しませてくれる男性陣。
踊りの締めは「地踊り」です。昔から伝わる地元の伝統の踊り。太鼓のたたき手が居なくなって、最近では私の兄が一手に引き受けてやっているそうです。(もう、年なんで そろそろ、若手を育てて欲しいんですが。)

盆踊りの輪から少し外れた所に「初盆」の方の祭壇が設けられています。各家から「写真」「ロウソク」「線香」「お供え」が運ばれます。踊りにやって来た人達は必ずそちらに手を合わせて行きます。
懐かしい人達に出会えるのも、その場所です。遠くに旅立って逝った人が旧友に出会わせてくれる、穏やかな時間。
ローソクの炎と線香のむせ返るような香りの中で、故人を偲ぶひと時が緩やかな思い出となって蘇えってくるお盆の風習。

お盆が終わると、送り火を焚きに また土手へと祖母の後ろにくっついて行きます。帰省客も一通り帰ってしまうと、また静かな田舎の暮らしに戻ります。
どの家でも、お客様で賑わった縁側は風の通り道だけになり、人恋しい想いに浸る秋が足早にやってくるのです。


| comments(4) | - | page top |
懐かしいですね
私の故郷も、盆踊りが5日間くらい続きました。

父は民謡保存会に入って、櫓の上で自慢の喉を披露していたものです。
姉と一緒に毎日 夕飯が済むと 駅前の広場へ出かけて、ご機嫌の父からアイスキャンデーを買ってもらっていました。

それぞれの お盆の思い出ですね。

たまえさん、こんばんわ
たまえさんのお父様、民謡がお得意でしたか?私の祖母はご詠歌?だったかな?の達人!と言われて、甲高い声で何かの宴にはよく唄っていたものでした。
もう、遥か昔の事なのですが、お盆って郷愁を誘う風情がありますね。
今年、帰れなかったので余計に懐かしいです。

お盆といえば・・・
素敵な文章でした。読み入ってしまいました。
お盆は郷愁を呼び覚ますものですね。
私が子供の頃過ごしたのは山梨の亡き母の実家、祖父母の家でした。
迎え火に、なすときゅうりで馬を作り、盆ちょうちんを飾り・・・懐かしい景色がよみがえってきます。
祖父も母も、もういず、祖母が一人で今は暮らす家は妙に広い家になってしまいました。
やっぱり妹たちと一緒に祖母のところに行けばよかったかなぁ・・・後悔先に立たずですね。
れいんさん、お久し振りです!
故郷と言えば、お盆って感じになってしまいました。れいんさんのおばあさまはお元気でいらっしゃるんですね。
帰れなかった、と悔いが残るのは「帰らなかった」からですよね。「後悔」はいつも後についてくるものです。私の場合は、年明けに帰る予定があるので、多少は気持ちも落着いてはいるんですが、父達にとっては一日、一日がとっても大切なんだろうって思うと、やっぱ、親不孝かな・・・と考えてしまいます。
れいんさんも是非、おばあさまに会いに行ってくださいね!


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